トップ読みもの最新科学で解説&アドバイス【後編】ママの育児不安やイライラはなぜ起こる?

最新科学で解説&アドバイス【後編】ママの育児不安やイライラはなぜ起こる?子ども・家族について

わが子は愛おしいはずなのに、募る不安や孤独感、抗えないイライラの感情。前編では、進化の過程でヒトに刻み込まれた子孫繁栄のための自然の摂理を科学的に解説し、現代社会で母親の心に現れるさまざまな葛藤は、その摂理に逆らうことを強いられているからだということを紹介しました。ここではさらに、現代の母親たちが直面している子育ての難しさについて、引き続き京都大学大学院の明和政子先生にお伺いしました。
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母親の心に作用する別名・愛情ホルモン「オキシトシン」
著者インタビュー画像 妊娠中大量に分泌されていたエストロゲンが急激に低下することによって、産後は特に不安や孤独を感じやすくなる、ということを前編で解説しました。実はその他にも、ホルモンが母親の心を大きく支配するという点において注目すべき物質があります。「オキシトシン」です。
オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」もしくは「幸せホルモン」と言われることもあります。哺乳類全般が持つホルモンで、筋肉を収縮させる働きがあり、特に分娩のときに分泌され、子宮の収縮を促して出産を助けます。この働きを利用し、陣痛促進剤として人工的に合成されたオキシトシンが投与されることがあることはよく知られています。さらに出産後には母乳が分泌されるときに大量に分泌され、子どもを愛おしく思う気持ちが芽生えるように作用します。
愛情ホルモンが夫にイライラする感情をもたらす!?
著者インタビュー画像 ところが、オキシトシンには見逃せない別の作用があります。それは、外敵から子どもを守ろうとする作用です。実験などでは、オキシトシンレベルが上がっている母ネズミが、仔ネズミに近寄ろうとするネズミに、噛みついたりするような攻撃行動が確認できます。ヒトの脳でも同じことが起こっていて、脳が子どもに好ましくないものと判断すれば、攻撃対象とみなしてしまうのです。
産後の母親が、パートナーに対してイライラする気持ちが抑えられない、といったケースは、オキシトシンの大量分泌が深くかかわっています。つまり、子育てに時間をあまり取ってくれないなど、育児に積極的ではない父親に対しては、たとえパートナーであっても、母親の脳が「攻撃対象」とみなして、ついイライラしてしまうのです。
産後の母親の脳は子どもを守ることが最優先に
著者インタビュー画像 産後の母親の脳は、情報処理の優先順位がより明確です。自分が守るべき存在である子どもの様子に非常に敏感となります。
また、母親と父親では、子どもに対する敏感性に大きな違いがみられます。母親(第一養育者)は、子どもの泣き声を聞くと、脳の深いところ、本能に近いところが即座に反応し、同時に愛おしさや不安、恐怖などといった感情がわき起こり、なぜ泣いているのかを素早く分析、対応するための神経回路が働きます。
それに対して父親は、「何か起こったぞ、さぁどうしよう」と前頭葉を中心とした活動で対応を考えます。母親よりも、時間をかけた情報処理が行われるのです。
脳の性差がもたらす父親へのイライラ
著者インタビュー画像 これはまさに脳の性差なのですが、母親は「私が気付いているのに、どうしてあなたは気付かないの!」と感じます。ふたりの間では齟齬が生じてしまうのです。その齟齬を寛容に受け止められる母親だと、父親を排他的にしなくて済むのですが、現代の母親は、古代からの共同養育の習慣も失われたなか、誰も助けてくれずに孤軍奮闘の状態で育てているので、その反応のギャップを大きなストレスに感じてしまいます。さらにオキシトシンの作用もあって、父親を子育てに邪魔な存在であるかのように心と体が捉えてしまう。母親にとってもかわいそうだし、父親にとってもかわいそうなことが起こっている、といえます。
大切なパートナーを攻撃対象としないために
しかし、対策はあります。欧米では男性も、自分のパートナーをよくマッサージしたりハグしたりしますよね。こうした行為は、オキシトシンの分泌を促すのでお互いの愛情が深まり、脳がパートナーを内集団、つまり自分の味方と捉えやすくなる効果があります。日本では欧米と比べると明らかにこうした行為が少ないので、余計に、母親がイライラを募らせ、孤独感が増す苦しい状況に陥っているのではないかと思います。
さらに、男性も、子どもとふれあい育児経験を積むことによって、女性と同じようにオキシトシンの分泌が高まることが分かっています。子どもを愛おしいという気持ちが増して、父性がより高まるわけです。こうするとますます、パートナーを内集団、つまり自分の味方だと捉えることが可能になります。
保育園に預けてOK?母親が不安になる子どもの人見知り
著者インタビュー画像 現代の育児で、母親が不安に思うことが多い場面として、子どもが自分(母親)以外の人に、人見知りを始める場面が挙げられるでしょう。
人見知りは、0歳代の後半から1~2歳までに現れ、また個人差も大きいのですが、人見知りが始まった子どもは母親から離れることができないため、母親自身の負担は増すばかりになります。職場復帰のために保育園に預け始める時期と重なれば、「こんな調子で大丈夫かしら……」と、なおさら不安が増すと思います。
まず知っておきたいのは、人見知りしない子がいいとか、する子が悪いとかいう問題ではない、ということです。これはその子が生まれ持った気質による違いです。気質は個人差が大きく、人見知りを全くしない子もいれば、激しい子もいます。
最新の研究から、人見知りが激しい子は、「怖がり」と「好奇心が強い」という、2つの相反する気質をどちらも強く持っていることが分かりました。怖がるならその人を見なければいいのに、好奇心の強さからやはり見てしまい、怖くなって……、そうした矛盾、心の葛藤ゆえに、人見知りが激しく現れるのです。人見知りは「他人と関わりたい」という社会性の第一歩と捉えることもできます。
怖さが原因の人見知りは、馴れるのを待って
著者インタビュー画像 人見知りは「怖がり」と「好奇心」の2つの気質を強く持つ赤ちゃんに起こりやすいと述べましたが、そのメカニズムはこうです。
ヒトの脳とは、常に予測しながら働いています。例えば、誰かと出会ったとき、後頭葉で相手の顔などの視覚情報を処理し、前頭葉でその人の心の状態を推測するまでに、0.1秒はかかります。しかし実際のコミュニケーション場面で0.1秒かかっていては、スムーズなコミュニケーションは成立しません。それまでの経験の積み重ねによって、相手がこういうテンポでこういう話し方をすると、無意識的に予測しながら反応しているわけです。
赤ちゃんにとって、とくに初めて出会う人はこうした予測がつきにくいもの。保育園に預け始めると、最初の時期は多少苦労するかもしれませんが、概ね1週間もたてば徐々に馴れ、予測がつくようになるはずです。予測どおりにふるまってくれる人に対する怖さは消えていきます。好奇心が強い子は、最初は苦労したとしても、むしろこれから自分の世界をどんどん広げようとするでしょう。
2歳頃から始まる「イヤイヤ」は育て方のせいではない
著者インタビュー画像 2歳頃から始まる「イヤイヤ」は、何を言っても通じなくて、育て方が悪かったのかと母親が自分を責めてしまうことがあります。しかしこれも気質によるもので、好奇心が強い子は特にイヤイヤが起こりやすい傾向にあります。
こうしたい、ああしたい、という欲求に関わる脳の場所は、大脳皮質の下のほうなのですが、少し遅れて発達し始める前頭葉が抑制することによって、その欲求を我慢することができるようになります。2~3歳の時期は、その前頭葉がまだ充分に機能していないので、「イヤ」ということしかできません。親はその仕組みを知っていれば、「イヤイヤ」が理解できますし、そもそも親の育て方のせいではないのです。
前頭葉は、4歳前後に急激に発達し、先を見越しながら今の欲求を抑えられるようになります。それまでは、親がイヤイヤを無理に抑え込もうとしても、子どもは叱られて辛い思いしか残りません。なぜ今我慢することが大事かが、自分自身でイメージできないからです。分かりやすいルールを決めて、もしも守れるようなことがあれば思い切りほめてあげて達成感を味わわせてあげる、ということを積み重ねていくしかないでしょう。時期がくれば、イヤイヤを自分で抑えるようになることができるのですから。
苦しい思いをしている母親を皆で支える社会に
著者インタビュー画像 子育ての困難は、前編で紹介したように、古来からの共同養育の環境では、経験豊かなおばあちゃんや近所の大人など、少し余裕がある人が対応を代わってくれたり、アドバイスをしてくれたりして、容易に乗り越えていけたことでしょう。
女性は子どもを家族や地域社会の集団にたやすく預けることができ、体さえ元気ならば、自らも採集や農耕などの仕事に出ていました。その歴史に思いを巡らせると、産後に順調に体が回復していれば、社会に出て働きたいと願うのはある意味自然なことです。
現代では子育てのあらゆることが母親の一手に委ねられていて、しかもその母親は周囲からの助けも望めずに孤立している難しい時代といえます。
ヒトらしい子育てとは何か、ということを根本から考え直さなければならない時期に来ていることはもちろんですが、まず、苦しい思いをしている母親たちをこれ以上追い詰めることなく、皆で支えられる温かい社会であるべきということを強く訴えたいと思います。

著者プロフィール

京都大学大学院 教育学研究科教授

明和政子

京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。教育学博士。専門は比較認知発達科学。ヒトとチンパンジーなどのヒト以外の霊長類と心のはたらきを比較することで、ヒト特有の心の在り方や育ちを明らかにしようとしている。おもな著書に、『なぜ「まね」をするのか』(河出書房新社、2003年)、『まねが育む人の心』(岩波書店、2012年)など多数。

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