トップ読みもの最新科学で解説&アドバイス【前編】ママの育児不安やイライラはなぜ起こる?

最新科学で解説&アドバイス【前編】 ママの育児不安やイライラはなぜ起こる?子ども・家族について

出産という大仕事を終え、愛しいわが子を抱く幸せに満ちあふれていても、心の葛藤を訴える母親が多くいます。どうしようもない不安や説明しがたい孤独感、「母親として自分は失格だと思うことさえある」というほどまでに追いつめられる母親たち。今回、京都大学大学院教授でヒトらしい心が生まれる道筋について研究を続ける明和政子先生に、そうした感情はなぜ生じるのか、最新の研究成果と解決のヒントについてお聞きしました。
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幸せな出産の後に母親を襲う不安や孤独感
著者インタビュー画像 近年ようやく「産後うつ」や「マタニティブルーズ」がメディアでも取り上げられるようになり、出産後の女性が心に変調をきたす場合があるということが、一般に知られるようになってきました。
こうした心の不調は、一部の特別な母親だけに起こるのではなく、大部分が多かれ少なかれ、経験しています。
慣れない育児でうまくいかないのは当然なのに、必要以上に自分を責めたり、赤ちゃんとふたりだけの時にふと孤独を感じて泣きたくなったり、ささいなことでイライラしてパートナーに不満をぶつけたり……。母親になったのだからしっかりしなくては、と思えば思うほど、自分で自分を追い詰めていくことになるのです。
産後の心の変調はからだの仕組みによって自然に起こること
著者インタビュー画像 こうした心の状態には、「エストロゲン」という妊娠の維持に欠かせなかった女性ホルモンが密接に関係します。妊娠中は大量に分泌されていたのに、出産後はその役割を終え、急激に分泌量が低下します。それに連動して「セロトニン」という精神を安定させるホルモンも低下し、不安が高まったり孤独を感じたり、という状態になります。つまり、からだ、生理状態がそうなっているのです。育児不安の高まり、孤独を感じて誰かと一緒に育児がしたい、と願わざるをえないような精神状態は、ホルモンバランスの変化が深くかかわっているのです。
ヒトの本来の子育てのしかた「共同養育」
著者インタビュー画像 こうした内分泌系の作用は、私たちヒトという種に進化の過程でそなわった、子孫繁栄のための戦略だと考えられています。古来より、ヒトは母親だけでなく、集団内の複数の手で子どもを育てる「共同養育」により世代を継いできました。おばあちゃん、おばさん、年の離れたきょうだいや近所の人など、多くの人がかわるがわる面倒をみるのです。
アフリカなどで昔ながらの狩猟採集を続ける部族には、こうした共同養育を維持し続けている人々がいます。そこでは、母親たちは幼な子をいとも気楽に他人に預け、木の実の採集などにでかけたりしています。日本でも、数十年前まではこうした形の子育てをしてきました。核家族化が進んだ現代ではなかなか見られなくなりましたが、およそ20万年という人類の歴史において、この「共同養育」こそがヒト本来の子育ての在り方だったのです。
なぜヒトは「共同養育」による子育てが必要だったのか
著者インタビュー画像 なぜ、哺乳類のなかでヒトだけが「共同養育」の仕組みを子孫繁栄の戦略として選んだのでしょう。
それは明らかに、ヒトが、大人になるまでに、他よりも長い歳月を要する動物だからです。母親が20年くらいその子だけに注力していたら、次の子を産むことができませんよね。それでは「より多くの子孫を残す」という種の生存戦略に反するのです。
では、どうするか。子どもは、卒乳するなどして、ある程度、母親から離れられるようになれば、「共同養育」という仕組みによって多くの大人に見守られながら育てます。母親は育児の負担が減って、じきに次の子を産むため、排卵が始まるなど、からだの準備を始めます。つまり、産後のホルモンバランスの変化によって、ともに子育てをしてくれる仲間を渇望するようになるのは、「共同養育」という人間本来の子育ての環境を維持するために獲得した仕組みなのではないか、と私たち科学者たちは考えているのです。
ヒトにだけ「おばあさん期」があるのは娘の子育てを手伝うため!?
著者インタビュー画像 ヒトの女性だけが閉経後も長く生きます。子どもを産まない期間、「おばあちゃん期」があるのはヒトだけです。これはとても不思議なことです。なぜヒトにだけ「おばあさん期」があるのでしょうか。その理由については諸説ありますが、おそらくヒトの生存において重要な意義があったはずです。そのひとつが「おばあさんが自分の娘の子を一緒に育てる」というもので、「おばあさん仮説」とよばれます。おばあさんは実際に手を動かして育児を手伝うことはもちろん、育て方の知恵や食べ物のことなど、幅広い知識を若い世代に伝えることができます。そこが非常に大事なところです。
母親だけでなく子にも大きなメリットがある「共同養育」
著者インタビュー画像 共同養育という仕組みは、母親が安心して子育てができるというだけでなく、子どもにも大きなメリットをもたらします。特に重要なのは「社会性の発達」です。
赤ちゃんは、生まれてから一番長い時間を共有してきた「第一養育者(多くの場合は母親)」と「一緒にいれば何かあっても大丈夫」という絆を結びます。これが「愛着(アタッチメント)」という概念です。
その絆が築けた後、そのほかのたくさんの人と出会うことによって、いろんな人の存在や、それぞれが違う心を持っていることに気付いていきます。
これが「社会性」の芽生えです。多様な人と触れ合って生きていくことを通して、他人の心の状態を理解できるようになったり、成長してより社会的な生活を営んでいくうえで基礎となる力を鍛えることができる意義は大きいでしょう。
失われた「共同養育」の役割を「保育園」に求める
著者インタビュー画像 親にも子にも利点の多い共同養育ですが、現代日本では核家族化が進み、アフリカの部族のような子育ての環境はほぼ失われてしまいました。これは、人類の20万年という気の遠くなるような長い歴史と比較すれば、わずかにここ100年未満に起きたことです。母親たちは産後の内分泌系の変化によって起こる、ヒトの本能ともいうべき共同養育への欲求に逆らわざるをえない環境に置かれ、とても苦しい思いをしています。
私は、失われた共同養育の現代版として、保育園があるべきだと考えています。母親が一人で育てなければならないという環境を脱して、何か困ったことがあれば、保育士やスタッフ、ほかの園児の母親に相談したり、反対に保育士や定期的に訪れるカウンセラー、園医などが何か気づいたことがあれば直接母親に伝えたり。
しかし、現状では残念ながら誰もが保育園に入れる訳ではないし、育休中も入ることはできません。そうであっても、とにかく母子を孤立させず、誰かが一緒に我が子について一緒に考えてくれる空間や集団が、社会にはもっと豊かにあるべきだと思います。昔は当然にあったことが、今はないわけですから。
母親だけが子育てを背負うのではなく皆で支える社会に
著者インタビュー画像 進化の歴史によって刻み込まれたホルモンの変化によって、産後の心の状態が不安定になっている人は、決して自分を責める必要はないのです。そして社会も、母親たちを孤独にしてはいけないと思います。一番怖いのは、母親のストレスにさらされる環境でのみ、赤ちゃんが育つということなのですから。
また、一部には、自己実現のために仕事を持ち続け、幼い子を保育園などに預けて働くことに後ろめたさを感じる人もいると聞きます。しかし、共同養育という人類の子育ての原理からすれば、親だけがその子を育てる必要はないわけです。血のつながりを超えて、社会の皆で育てればいい訳で、母親がそのことを申し訳なく思う必要はありません。
私は、たとえ育休中などで保育園に通えない場合であっても、子育て支援のサークルに参加したり、ファミリーサポートを利用したりするなど、むしろ積極的に自分と子どもが孤立しないで済む環境を求めて欲しいと思っています。
人類が誕生して約20万年の歴史から考えれば、母親たちが心の葛藤を抱え、孤独に苦しむ今の状況は異常です。今は、根本的なヒトとは何か、ヒトの子育がこれまでどのように進化してきたのかを、もう一度考え直すべき時期にきていると思います。

著者プロフィール

京都大学大学院 教育学研究科教授

明和政子

京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。教育学博士。専門は比較認知発達科学。ヒトとチンパンジーなどのヒト以外の霊長類と心のはたらきを比較することで、ヒト特有の心の在り方や育ちを明らかにしようとしている。おもな著書に、『なぜ「まね」をするのか』(河出書房新社、2003年)、『まねが育む人の心』(岩波書店、2012年)など多数。

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